奥穂高岳チャレンジへの軌跡
ネタが枯れ気味です。。。
そこで思い出話で恐縮ですが、昨年N君とT君と一緒に登頂した奥穂高岳。登頂までに約5年を要したという話は、たびたび書いてきました。
今日は足踏みしていた5年間の軌跡を簡単に書きたいと思います。
2011年:「発端」
ことの発端は2011年9月の槍ヶ岳登頂でした。
槍ヶ岳の山頂から大キレットのはるか向こうに見える穂高連峰を見て、国内第3位の標高を誇る山にも登りたいという気がムクムクと湧いてきたのです。
3人ともSNSには「来年は奥穂高だ!」なんて書いてましたっけ。
2012年:「敵前逃亡」
そして翌2012年。
万全の計画を練り、出発の日を迎えました。
当時私は23区の端っこに住んでいてクルマを所有していなかったため、T君がレンタカーを借り、まずは私をピックアップ。この時点で23時30分を過ぎていました。
N君の自宅までは約40分程度。
ところが環八に入ったら、、、大・渋・滞!
N君をピックアップしたのが1時過ぎ、さらに渋滞を抜けて中央高速に乗り、談合坂SAでトイレ休憩をした時点で3時を過ぎていました。。。
このままでは登り始めの時間が遅くなってしまうため、安全面を考慮して奥穂高岳へのチャレンジを断念。まさか都内の渋滞に阻まれるとは思いませんでした。
周囲には「敵前逃亡」と言われましたけどね(笑)
レンタカーは3日間借りており、せっかくだからということでそのまま北上して富山まで行き、黒部峡谷鉄道のトロッコ列車に乗って、秘湯的な温泉に入り、寿司を食べて、称名滝を見て帰ってくるという、楽しいオジサン3人旅になりました。
2013年:「残念グラート!」
今年こそ!と気合十分で臨んだ2013年の我々ご一行様でしたが、天気予報では台風が接近中という不穏な空気。。。
うまくいけば台風が来る前に登れるかも!と考え、涸沢まで行って1泊。
ちなみにこの時が私のテント泊デビューでした。
私たちの願いは点には届かず、夜半から雨。
早朝になると天気は回復しそうな気配だったため、急ぎ準備して登り始めたのですが、ザイテングラートの途中で雨脚が強くなり、穂高岳山荘付近も真っ白で何も見えなくなったため撤退を決定しました。
ザイテングラートから撤退する間、3人で「残念グラート!」とヤケクソ気味に叫んでいたのを覚えています。
2014年:「台風の野郎のせいで行き先変更」
9月は台風が多いかもねー、という前年の経験を活かし、この年は10月に奥穂高岳へのチャレンジを計画。涸沢の紅葉もキレイだろうという一石二鳥も考えていました。
しかし!
またもや台風接近の予報が。。。特に3連休の2日目夜から3日目にかけて直撃しそうな雰囲気でした。
出発は金曜の夜でしたから、ギリギリの木曜夜まで様子を見ましたが、やはり台風の進路が思わしくないということで、この年の遠征は八ヶ岳の天狗岳に変更。
山行そのものは日帰り登山とし、下山した足で蓼科レイクサイドオートキャンプ場に行き、キャンプして帰ってきました。
天狗岳に登頂したオジサン3人が「天狗になる」の図。写真で振り返ると、いい年して何やってんだか(笑)
2015年:「キレイだった夕焼け」
いい加減、登らせてくれてもいいだろうという思いで挑んだ2015年。
なのに、やっぱり夜半から雨。
テントが飛ばされそうなほどの風雨となり、テント内で初めて恐怖を覚えました。
なので2013年とは違い、途中まで登ることもせず、起床して朝食を済ませたら早々に撤退を決定。
前日夕方の夕焼けはこんなにキレイだったのに。。。
2016年:「時は来た!」
やっと登頂できたのは2016年。
はるか向こうに見える槍ヶ岳の穂先を見ながら、「あそこに登ってから奥穂高岳に来るまで、随分かかったなぁ」なんて話しながら、頂上からの眺めを堪能しました。
何よりも、3人揃って登れたのが良かったですね。
こうして振り返ってみると、やはり無理しなくてよかったと思います。
安全面を考えると、いずれも撤退の判断は正しかった!
死んじゃったら二度と山に登れませんからね。
さあ、来年の遠征はどこになるでしょうか。(今年N君と登れなかった白馬岳が有力な候補ですが)
しっかり働いてお金を準備し、装備を充実させて挑みたいと思います!
それでは今日はこの辺で。
山メシで使っている「EPI REVO3700」
今月は随分と山ネタが多いですが、これまでもテントについて書いたりしてきました。
今後も私が使っている山道具をちょこちょこと紹介していこうかと思います。
というわけで、今日は山行中の食事で欠かせないストーブ(ガスコンロ)です。
私が使っているのがこちら。EPIのREVO3700です。
これじゃわかりにくいですね(笑)
あらためてこちらです。
一番気に入っている点は、非常にコンパクトになるところ。ガスカートリッジから外してゴトクをたたむとこんな風になります。
当たり前ですが、付属の収納ケースもサイズがぴったり。
コッヘルの中にガスカートリッジを逆さまに入れて、その上にREVO3700を載せると、、、
フタがぴったり閉まります。
コッヘルはスノーピークのアルミクッカー SCS-008です。(かなり前に買ったものなので、今は型番が違っているかもしれません)
このフタは、ただ載っているだけなので、持ち運ぶ際にガタガタ音がするのが難点といえば難点。チタンでも同じだと思いますけど。
ストーブの話に戻りましょう。
EPIから販売されているスタビライザー(スタッフバッグ付)がなかなか使えるシロモノです。
山行中は平らな場所で調理できることの方が少ないですから、これは重宝します。(一番上に載せた写真でもわかると思います)
このように5段階で高さを調整できます。
実はこのREVO3700、燕岳の山行中に着火装置が不調に陥ってしまいました。帰ってきてから調べてみたところ、火花が赤い矢印のように飛ばなければならなかったところ、青い矢印のように飛んでしまっており、うまく着火しなかったようです。
手でちょいちょいと調整したら、すぐに元通りになりました。
まだまだ使います!
ちなみに、燕岳に同行した友人N君が使っているのは、プリムスの153ウルトラバーナーです。
これもREVO3700同様にかなりコンパクトになります。購入時には、EPIとプリムスで迷いに迷ったのですが、ガスカートリッジの緑色が気に入ったから、という理由でEPIに決めました(笑)
今回の燕岳山行では、アルファ米の不味さを再確認したようなところがありますので、今後はREVO3700を使って簡単な山メシを作っていこうと思います。
それでは今日はこの辺で。
連休の山小屋の恐怖!テント泊をするようになったワケ
なんだか台風に振り回された連休が終わってしまいましたね。
まあフリーランスの私にとっては、カレンダーの連休はあまり関係ありませんが。。。
さて、今年の燕岳遠征時に、燕山荘のテント場で夕飯をとっていたところ、山域にヘリコプターのローター音が近づいてきました。
登山中のヘリの音=遭難という図式があるものですから、近くで遭難者が出たのかと思っていたら、、、
この日は金曜日で、山小屋の宿泊者もさほど多くなかったようですが、翌日の土・日曜にたくさんの人が訪れることを見据えて、物資を山小屋に運搬するヘリでした(笑)
1回だけではなく、5〜6回は運んできたでしょうか。
翌日、我々が下山する時には渋滞してしまうほどの人が登ってきましたから、それだけの物資を運び上げていたのも納得。
人気の燕岳ですから、3連休などには大変なことになるのではないでしょうかね。
私たちはテント泊ですから、最低でも自分が寝返りできるスペースを確保できますが、混雑時の山小屋では、布団1枚を3人でシェアなんてこともあるでしょう。
1度だけ、私たちもそういう状況を経験したことがあります。
あれは2010年に八ヶ岳に行ったときのこと。
美濃戸口の駐車場にクルマを駐め、1日目は赤岳鉱泉→硫黄岳→横岳→赤岳天望荘、2日目は赤岳天望荘→赤岳→阿弥陀岳→御小屋尾根→美濃戸口という山行でした。
で、事件(笑)は赤岳天望荘で起きたわけです。
受付で「55、56、57番がみなさんの寝る場所です」と言われ、階段を降りて行ったらこんなんでした。
これはT君が翌朝に寝ているN君(右)と私(左)を撮ったものですが、この2人の間の隙間にT君が寝ていました。受付時に言い渡された番号は、頭の上に貼ってあるシールの番号です。(55番と56番のシールがはがれかけています)
T君はちゃっかりしていて、早々に真ん中のポジションを確保(笑)しやがったもんで、N君と私は知らないオジサマと密着して1晩を明かすことになりました。やっと眠りに落ちたかと思えば、オジサマのキックで目が覚めるわ、まるで雷鳴のようなイビキを耳元で聞かされ続けるわで、それはそれは大変な夜でした。。。
この寝室は2段になっていて、私たちは下段。とにかく人で溢れかえっており、戦時中の強制収容所もかくあらん、と思わずにはいられない有様。
しかもトイレからの臭気が流れ込んできて、基本的に部屋全体が便所臭い(泣)
そのトイレも完全にオーバーユース状態で、もう◯◯が△△で◇◇なんかもあんなふうに☓☓になっているのを目にしちゃったら出るもんも出ないというか。。。デリケートなT君とN君は完全に及び腰で、結局用を足せたのは私だけでした。(お食事中の方、スミマセン!)
先日の記事では燕山荘のテント泊者用トイレを「魔窟」と表現しましたが、赤岳天望荘のトイレと比べたら「よくある山小屋のトイレ」くらいのレベルです(笑)
とまあ、連休の山小屋は恐怖以外の何物でもないわな、と意見が一致し、重い荷物を担いででも自分1人のスペースは確保したいという思いから、テント泊をするようになったわけです。
おかげでオートキャンプ場の快適さも知ることができましたし、結果的には遊びの幅が広がりました。
テントを担ぎ上げる体力のある方は、テント泊に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか? 夜はめっちゃ寒いですけど(笑)
それでは今日はこの辺で。
天と地ほどの差がある!?「テント場」と「キャンプ場」の違いとは
悪天候でどこにも出かけられませんので、「テント場」と「キャンプ場」の違いについて書いてみようと思います。
まず、テント場というのは登山時にテントを張って寝ていいよと決められているエリアのことです。
大抵は山小屋の管理下にあり、受付も山小屋で行うことになります。
例えばアルプスの涸沢のテント場なら、水が豊富で誰でも無料で水を使うことができますが、今年の遠征地である燕岳近くの燕山荘のテント場には水場はありませんでした。
そういう場合は飲料水は山小屋で購入することになります。また、手を洗うことはできませんので、大抵は持参したウェットティッシュなどを使用することになります。
特に混雑するテント場では、できるだけスペースを詰めてテントを張らねばなりません。
30張りくらいのスペースしかない燕山荘のテント場は、こんな感じです。
これだけ隣のテントと近接していると、隣人のイビキなんて筒抜けです。先に寝入られてしまうと、その騒音が気になってさらに寝られなくなります。。。
当然地面は石だらけ(涸沢の場合は岩だらけ)ですし、水平ということもまずありません。
要は寝られる環境ではないところにテントを張って無理やり寝るというのが山のテント場だと思っていただければよいかと(笑)
これに対し、キャンプ場は実に快適。
山の上のテント場を経験した後だと、自分たちが使って良いスペースが広すぎてどうしていいかわかりません(笑)
燕岳から下山後に1泊した美鈴湖もりの国オートキャンプ場の広場サイトは、まさにそういう環境でした。
もうね、平和そのものですwww
私たちは広々とした区画の中で、ちんまりとした1人用のテントを2張、贅沢に使いました。予約の電話をしたときに「1人用のテントを2張設営するスペースはありますか?」と尋ねたのですが、愚問中の愚問でした(笑)
上の写真は、快適なスペースでN君が気持ちよく酔っ払っているの図ですが、奥に見えている隣人のサイトには、巨大なテント&タープがあります。それでもまだスペースには余裕があったようです。
しかもこのキャンプ場の広場サイトは、クルマを駐めるスペースとテントを張るスペースが別々でした。
奥に見えているのが我が家のレヴォーグで、その手前にアスファルトの通路があります。テントを張るスペースは完全に独立。クルマも2台は余裕で駐められるスペースでした。
2家族で来ても1サイトで十分かもしれません。
それにしても広すぎて落ち着かず、散らかしちゃってますね(笑)
誰にも迷惑がかからない、と思うとつい。。。
地面もご覧のように芝生で水平ですし、下山した安心感も相まって8時間くらい熟睡できました。
こうやって書くと、テント場とキャンプ場には天と地ほどの差があるように感じられることでしょう。
登山をしない人からしてみたら、バ◯じゃないの?と思われるかも。
でも、燕山荘のテント場の朝は、テントから出るとこんな景色が広がっているのです。
こういうのを経験すると、テント泊はやめられません!
それでは今日はこの辺で。
2017年遠征登山(その3):燕岳登頂!表銀座をちょっぴり歩いてから下山へ
2017年遠征登山の記も最終回。今回は燕岳登頂から下山までのお話です。
お時間のある方はこちらもお読みください。
燕山荘に着いて幕営の手続き&支払いをしてテント場へ。厳密に言うと、先にテント場で場所を確保してからでした。
というのも、燕山荘のテント場は約30張くらいしかスペースがなく、遅着でテント場が一杯だと小屋泊になってしまうからです。
私たちが到着した時点では、まだ5〜6張くらいしかテントはありませんでしたから、その心配はありませんでした。でも、できるだけ条件の良い場所にテントを張りたいと思うのは人情というもの。N君と隣合わせで平らな場所をゲットしました。
ちなみに幕営料は700円と格安です。(奥多摩の雲取山荘の幕営料は1000円、涸沢の幕営料も1000円)
ですが、小屋泊の人とは強烈な格差があります。
まず、幕営者専用トイレがまるで魔窟。。。お食事中にこれを読んでおられる方がいたらゴメンナサイですが、まあ、そういうことです(笑)
そして、山荘内の施設の利用は一切不可。中の喫茶スペースでコーヒーを注文して飲む、なんてこともできません。
水場がないため飲料水は売店で購入する(400円/2L)必要があるのですが、窓口は外から。しかも営業時間内でも暗くなって虫が建物に入ってきやすくなったらテント泊の人にはモノを売りません(窓は開けません)、というスタンス。。。
まあね、下界とは常識が異なる世界ですから仕方ありません。とはいえ、幕営料は1200円とかでも一向にかまわないので、もうちょっと幕営者にも優しくしてくれてもよいかな、と(笑)
そんなこんなを済ませてテントを張った様子がこちら。(撮影したのは夕方でしたからギッシリ&N君が夕食の準備中ですw)
上から見るとこんな感じ。
この陰にも幕営スペースがあります。
テントを張ってお腹を満たしたら、いよいよ燕岳に向けて出発!
距離表示では1kmですが、コースタイムは30分。多少のアップダウンはありますが、非常に歩きやすい登山道です。
燕岳の山頂は花崗岩なのですが、登山道には風化した花崗岩がさまざまな姿を見せてくれます。
最も有名なのがこれ(だそうです)。
「クジラ岩」なんですって。まあ、何に見えるかは、見る人のクリエイティビティとか抱えてる闇(?)なんかが影響するんじゃないでしょうか。。。
最後の岩稜帯を登りきると、、、
登頂!
翌朝にももう1度来ました(笑)
その時の写真も含め、燕岳山頂からの眺めをどうぞ。
まずは北側。
そして来た道を振り返ると、、、
燕山荘と表銀座縦走コースを見ることができます。
2日目の朝に来た際には、快晴でしたので槍ヶ岳から奥穂高、前穂高がこんなにクリアに見えました!
まさに日本の屋根!このうち2座に登頂したことがある、というのは感慨深いものがあります。
1日目の登頂後、燕山荘まで戻って来たら雲間から槍ヶ岳が一瞬だけ姿を見せてくれました。
シャッターチャーンス!(笑)
2日目の朝に燕岳から戻ってきてからは、表銀座縦走コースを10分だけ歩いてみました。
大天井岳が大きく見えるポイントからの眺めです。
手前の尾根が表銀座縦走コース。そして大天井岳から西岳までの喜作新道。さらに6年前に歩いた西岳から槍ヶ岳までの東鎌尾根と続いています。
この景色を見ながらN君と「次は表銀座だ!」と固く誓い合ったのは言うまでもありません。(あれ、白馬岳は?www)
こうして私たちは気分良く下山にかかりましたが、1つだけ懸念事項が。。。
実は私、登りよりも下りの方が苦手なんです。
登りながら「明日はこれを下るのか…」とモヤモヤしていましたからね。
しかも下る日は土曜日ということで、登りの登山者の多いこと多いこと。
すれ違えない場所では登りの人を待つのですが、とにかく途切れません。
さらに「20人の団体なので、途切れたら適当に行ってください」って言ってくれるガイドさんもいましたが、だから途切れねえんだってwww
そのうち下りの人も渋滞してしまい、最終的には流れに乗ってハイペース下山となりました。ちょうど3時間だったかな。
おかげで中房温泉に着いた頃には生まれたての子鹿状態(笑)
駐車場に向かう道を見て、登山道の混雑も納得しました。
ものすごい路駐の車!
私たちはちゃんと駐車スペースに駐められましたが、週末はこうなっちゃうんですね。
中房温泉を後にして、宮城地区の立ち寄り湯で汗を流したのですが、その近くにあった登山者用駐車場も満車でした。
こういう意味でも、N君が金曜日に有給休暇を取ってくれたおかげで終始ストレスの少ない山行になりました。
ちなみに温泉で汗を流した後は、美鈴湖もりの国オートキャンプ場に行って1泊したのですが、その話はまた別の機会にでも。
それでは今日はこの辺で。
2017年遠征登山(その2):合戦小屋でスイカの紳士様と出会った
白馬岳に登る予定だったところ、外的要因により行き先を燕岳に変更した2017年の遠征登山。詳細はこちらからどうぞ。
中房温泉の登山口から登り始めると、すぐにかなりの急登。。。
雨は止んで時おり薄日は差すものの、まだ霧は薄く出ていましたので、ものすごい湿気。気温はさほど高くありませんでしたが、一気に汗が吹き出してきました。
霧というかガスのおかげで、こういう幻想的な景色に恵まれたわけですが、、、
「幻想的」なんてのは帰ってきて写真を見てからだから言えること。実際には汗だくでそれはそれは大変でした(笑)
というわけで、第一ベンチで長袖の上着を脱ぐことに。
その際、ザックを下ろそうと腰ベルトのバックルを外そうとしたら、利き手の人差し指をバックルに挟んでしまい悶絶&ちょっぴり出血。。。普通はバックルを留める時に挟むのに、変な所に挟みました(泣)
閑話休題。
燕岳への登山道には、休憩ポイントとして「ベンチ」が設けられています。
下から順に「第一ベンチ」「第二ベンチ」「第三ベンチ」「富士見ベンチ」となっているんですね。
これは登山中にもアップしましたが第2ベンチです。
富士見ベンチにはこんな表示も。
文字の白が抜けてしまって見にくいですが、右の表示には「2200m」と富士見ベンチの標高が記してあります。
これらのベンチ群をクリアして行き着くのが、合戦小屋です。
各ベンチでは5分そこそこの休憩だけで来ましたので、我々はここで初めて大休止。
行動食として持参したトーハトのオールレーズンと近所のスーパーで買った小さいあんドーナツをいくつか食べました。
その後、N君から「ドーピング」として渡されたのがこれ。
一気に口に放り込むとめっちゃむせるやつです(笑)
それにしても、アラフォーならぬジャスフォー(Just 40 !)のオジサンが2人でキャッキャ言いながらおやつを交換している姿は、下界だったら逮捕モンですね。
さてさて、合戦小屋の看板を撮った写真の左側にスイカ柄のビーチボールが写っていますが、ここの名物はスイカ。荷揚げ用のケーブルで運んでいるそうです。
大休止を終えていざ合戦尾根へ踏み出そうとしたら、スイカを持った男性(我々よりも年上)に声をかけられました。
「スイカを買ったはいいんだけど、私1人で食べられる量じゃないから食べて手伝ってもらえませんか?」
まさかN君と私が、他の人が食べてるスイカを見て「美味そうだね(笑)」って話してたのが聞こえちゃったんでしょうか。小声で話してたはずなのですが。。。
確かに1人では困る量の切身が皿にのっていましたから、「では、半分お支払いいたします」とワリカンを申し出たところ、「いいのいいの。助けてもらいたいだけだから(笑)」とのこと。
というわけで、この男性とN君と私の3人で、これまで登った山の話などをしながら、楽しく美味しくスイカをいただきました。
ちなみにこの男性は、この後の休憩ポイントや燕山荘で顔を合わせたときにも声を掛けてくれて、楽しい山行になりました。
穏やかで楽しい方でしたから、私は心の中で
スイカの紳士様
と呼ばせていただきました(笑)
この場を借りて、あらためて御礼申し上げます。
合戦小屋を後にして、大天井岳や槍ヶ岳まで見える合戦沢ノ頭では、まだまだガスというか雲が厚かったのですが、、、
やっと燕山荘が見える場所まで来ると、ついにガスが晴れて青空が!
さあラストスパート!
燕山荘への最後の階段を登りきると、視界が一気に開けて燕岳の姿を見ることができます。
パノラマでも撮ってみました。
この景色を見た感動は写真じゃ伝わりませんから、あくまでも雰囲気をお楽しみください。
中房温泉の登山口を出発したのが6時30分頃。燕山荘到着が10時30分過ぎくらいでしたかね。4時間ぴったりでした。スイカ休憩がなければもう少し早く着いたでしょうか。ちなみにコースタイムは4時間10分です。
中房温泉から燕山荘までの登山道は、昨年のザイテングラートと比べると危険な場所はありません。鎖場が1カ所だけありましたが、三点支持が必要とかそういう類のものでもありません。登山初心者にも人気の山だというのがよく分かります。
ただし、北アルプス三大急登と言われるだけあって、かなり登りがいがありました。燕山荘までは樹林帯を歩くため眺望がないというのも、登りの辛さに拍車をかけているように思います。
次回はいよいよ燕岳山頂、そして下山へ!
「2泊3日の遠征で何回分にするつもりだ!」という声は聞こえないフリをします(笑)
それでは今日はこの辺で。
2017年遠征登山(その1):白馬岳登山→燕岳登山になった経緯
今年の遠征登山の記録を何回かに分けて書いてみようと思います。
行き先が白馬岳と決まったことはこのブログでも書きましたし、ヘルメットなどの装備も万端整えたことも書きました。
9月2日の記事には、そのあたりのことが書いてありますので、お時間のある方はぜひ。
直前になってT君のスケジュールのオーバーブッキングが発覚し、N君と私の2人での遠征になってしまいましたが、9月7日(木)21時30分、いざ出発!
私の自宅からクルマで1時間ほどのところに住んでいるN君をピックアップし、中央高速調布ICに乗ったのが23時。
渋滞もなく順調に進み、長野道安曇野ICで高速道路を降りたのが1時40分くらい。
白馬村へ向けて車を進め、八方駐車場を過ぎたあたりでこんな無慈悲な表示が。
大雨のため二股〜猿倉は通行止
白馬岳への登山口は、まさにこの猿倉です。
仕方ないので八方の駐車場まで引き返し、対策を練ることに。
代案(1)
夜明けを待って猿倉から予定通り白馬岳に登る
代案(2)
栂池(つがいけ)側からゴンドラとロープウェーで栂池平に登り、そこから白馬岳を目指す
代案(3)
白馬山域の他の山に登る
代案(4)
泣きながら東京に帰る(笑)
代案(5)
中房温泉まで南下して燕岳に登る
(1)ですが、通行止の解除が何時になるか見当がつかない以上、朝までまつのは嫌だということで却下。
(2)は、ゴンドラとロープウェーの運行開始時刻が8時過ぎということで、その時間から歩き始めると白馬岳に明るいうちに到着できないので危険。だから却下。
(3)で最初に候補に上がったのは、八方尾根を歩いて唐松岳(2695m、300名山)。しかしこれもゴンドラやロープウェーの運行時間が不確かなので却下。五竜岳や鹿島槍ヶ岳という案も出ましたが、今回持参した地図にはその山域が入っておらず、地図なしで知らない山に入るのは危険と判断し却下。
(4)「ここまで来たらどこかには登りたい」とN君と意見が一致したため帰京は却下。
(5)今回持参した地図は『山と高原地図 白馬岳 2017 (登山地図 | マップル)』でしたが、1/300,000の周辺図に「燕岳」とあったのを見つけました。この山については、奥穂高登頂を阻まれているときからN君、T君らと「登りたいね」と話していたので、それなりの知識はありました。しかも登山口の中房温泉からは1本道で、人気の山(100名山200名山 [9月11日22時42分修正])ですから人も多く、まず迷うことはないだろう、と判断しました。
こういった経緯で、今年の遠征は燕岳(2763m、100名山200名山 [9月11日22時42分修正])に決まりました。
※地図なしで入山したことについては、褒められたもんじゃないということは重々承知しており、山行中もN君とその点はずっと反省しっぱなしでした。お叱りは甘んじてお受けするとともに、この記事を読んで「燕岳は地図なしで大丈夫」なんて絶対に考えないでください。
登山口の中房温泉に着いたのが4時40分頃。その時点では小雨が降っていましたが、1時間ほど仮眠をとって目が覚めたら、雨はほぼやんでいました。
さあ、いよいよ登り始めです!
次回は燕山荘までの道中での出来事を書いてみようと思います。
それでは今日はこの辺で。