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タビグルマ雑記帳

仕事で触れることが多い「旅」と「クルマ」を中心に、いつも感じていることを書き綴っています。

木場ってそんな場所だったんだ!

独立直後からお世話になっている会社が江東区の木場にあり、今日はそちらにおじゃまして仕事をしていました。

 

この木場という土地ですが、その字面から材木の集積や運搬のために利用された土地であることは想像がつきます。

 

が、その起源は江戸時代だと思っていたのですが、調べてみたところもう少し前だったようです。

 

日本橋から見ると隅田川の対岸、現在の江東区佐賀あたりから東は「川向こう」などと呼ばれ、江戸とはみなされていなかったとか、江戸っ子からは一段下に見られていた、などの逸話を聞いたことがあります。

 

まあ、後に永代橋をはじめ隅田川に大きな橋が架かると、両国などの「川向こう」のエリアも賑わい始めたわけで、そんな賑わいの様子は宮部みゆきの『ぼんくら』シリーズでもよく描かれています。こちらは深川を舞台とした小説ですので、興味のある方はぜひ。

 

さて、東京木材問屋協同組合の年表によると、「川向こう」に広がる湿地帯の開拓は、1590年に始まったそうです。その際に、深川八郎右衛門という方が開拓の指揮をとったことから、「深川」という地名が残ったのだとか。

 

1641年の江戸大火を受け、材木の高積が禁止され、現在の江東区佐賀町あたりが材木の集積所として指定された、と。このあたりは「元木場」と呼ばれるようになり、これが初めて「木場」という地名の起源となっているそうです。

 

余談ですが、私が独立前に勤めていた会社の所在地は、まさに「江東区佐賀」でした。以前NHKの『ブラタモリ』でもロケがあったようで、タモリが掘割について熱く語っていました(笑)

 

そして、木場が地図(というか図会です)に初めて登場したのが1773年。「分間江戸大絵図」という文献に残っているそうです。(こちらも東京木材問屋協同組合の年表による

 

いやー、今ではコンクリートの街ですが、木場はこんな歴史を持った場所だったんですね。当時の掘割は護岸工事こそされていますが、今でも残っています。

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歴史を知ったうえでオフィスから駅まで歩くとまた気分が違ってきますね。

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人口過密で息苦しさを感じることもある都内ですが、街の歴史や背景を知ると歩くのも楽しくなります。

 

それでは今日はこの辺で。