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タビグルマ雑記帳

仕事で触れることが多い「旅」と「クルマ」を中心に、いつも感じていることを書き綴っています。

日本で販売される予定はないの?ベントレー コンチネンタルSupersports

今年の1月に、ベントレーからコンチネンタルSupersportsの発表を受けての記事を書きました。

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tabiguruma.hatenadiary.com

 

とんでもないモンスターマシンで、台数限定でもいいから日本に入ってこないのかなー、と期待していたのですが、、、、

 

日本で発売される気配が感じられません。。。

 

むしろ、次期コンチネンタルGTと思われるクルマスクープ画像(コンセプトカー「EXP10 Speed 6」にそっくり)が各種メディアに掲載されていましたから、Supersportsが日本に入ってくる可能性は低いのかもしれませんね。

levolant-boost.com

 

次期型はさておき、ベントレーも参戦しているニュルブルクリンク24時間レースを記念して、コンチネンタルSupersportsをベースにした欧州限定モデル「コンチネンタル24」も発表されました。

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上記画像2点:ベントレープレスリリース(https://www.bentleymedia.com/en/newsitem/770

 

一歩間違うと残念な結果になりそうなカラーリングですが、絶妙なところでやりすぎにブレーキがかかってベントレーらしさを保っているのはさすがです。

 

仮にSupersportsが日本に導入されるとしても、この欧州向け特別仕様車が日本に入ってくることはないでしょうが、先代モデルのSupersporsは日本での販売があっただけに、なんとも残念なところです。

 

並行輸入でもいいので、Supersportsを街なかで一回くらい見てみたいなぁ。

 

それでは今日はこの辺で。

今年も無事にゼロ関門を突破。6回目の湘南国際マラソンへ!

今年の冬もまた、湘南国際マラソンに参加することにしました。

 

近年のランニングブームにより、湘南国際マラソンのような人気の大会でエントリーが先着順の場合は、エントリーサイトへのアクセスが集中してすぐにつながりません。

 

交通規制の時間の問題から、実際のレースではスタートして◯時◎分までに▲km地点を通過できないと失格という「関門」が複数箇所設けられるのですが、このエントリー合戦はそれになぞらえてゼロ関門などと呼ばれるほど。

 

まずゼロ関門を突破しないとスタートラインにすら立てないという。。。

 

今年も例によって19時58分30秒くらいから時報を聞き始め、20時の時報と同時にクリック!

 

そして過去6回で最短のわずか9分でエントリーが完了しました。

 

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初めて参加した時は、参加費10,000円+寄付金500円だったのですが、一昨年あたりに参加費が12,500円に値上がり。。。

 

寄付金は参加者が寄付先を4団体くらいから選ぶことができます。ちなみに私は初めての参加のときから東日本大震災支援を選んでいます。

 

走らない人からすれば、こんなに高いお金を払って苦しい思いをするなんて信じられないといったところでしょう。

 

走ってる最中の私もそう思ってます(笑)

 

とはいえ、仕事以外で何か目標があった方が日々の過ごし方に張り合いが生まれるのも事実。当分これは参加しておこうかな、と思います。

 

それでは今日はこの辺で。

日本撤退から10年以上が経過したオペル、一般的な知名度は。。。

日本は言わずと知れた自動車大国。これだけメーカーがありますからね。

 

国内の市場規模もそれなりに大きいですし、この市場を狙って海外メーカー勢も必死に売り込みをかけています。

 

競争が激化するのは当然で、中には夢破れて日本を去る海外メーカーもあります。例えば昨年日本から完全撤退したフォード。2000年代前半に日本にやってきたものの、まったく売れなかったヒュンダイもそうでした。

 

もう少しさかのぼると、オペルもありましたね。ヤナセが販売していた1990年代半ばには、年間登録台数が4万台に近づくなど、街中でもオペルのエンブレムを見る機会はそれなりにあったように記憶しています。クルマ好きの方なら「アストラ」や「オメガ」、「ベクトラ」なんて車種を覚えているのではないでしょうか。

 

自転車レースのツール・ド・フランスなんかを見てると、オペルのクルマがチームカーとして使われていたりしますから、ヨーロッパではかなりポピュラーな存在。しかし、日本では2006年に販売が終了すると、すっかり忘れられた存在になっちゃいました。

 

余談ですが、ちょっと気になったのでオペルのウェブサイトをのぞいてみたら、ベクトラの後継機種とされている「インシグニア」に目が留まりました。

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画像:オペルメディアサイト(http://media.opel.com/media/intl/en/opel/home.html

 

あまり大きな声では言えませんが、グリルはマツダ、ヘッドライトはスバルにそっくり!

 

しまった、文字サイズを大きくしちゃった。。。

 

このように書くとオペルが悪者みたいですが、実施にはオペルマツダとスバルに寄せたというよりも、マツダとスバルがオペルのエッセンスを失敬した、という方が正しいようにも思います。日本のメーカーでも特にこの2社は、欧州車をベンチマークしてクルマづくりをしているわけですし。

 

余談おわり。

 

女子テニスのスター選手で日本でも大人気だったマルチナ・ヒンギスは、ウェアにオペルのロゴが入っていましたし、日本で放映されたヴィータやヴェクトラのテレビCMにも出ていました(プレー中の映像を切り貼りした感じでしたけど)。それがもう20年前の話ヒンギス効果も手伝って、オペルはそれなりの知名度だったはずです。

 

日本での販売を終了して10年以上経過すると、一般的な知名度というのは低くなるんだなぁ、とあらためて感じています。クルマ好きではない人に「ドイツ車メーカーを挙げてちょうだい」と頼んでも、オペルはなかなか出てこないと思います。若い人ならなおさらです。

 

遠くない将来、フォードもそうなっちゃうんだろうか。

 

それでは今日はこの辺で。

見事な色のペイトレイク:カナダ出張の思い出話

今日も冒頭で白状しておきましょう。

 

ネタに困ったので思い出話です!

 

というわけで、2007年9月に訪れたカナダ出張の話を少々。

 

当時、日本旅行業協会(JATA)が海外旅行促進策の一環として、海外の政府観光局などの協力を得て、旅行会社から何人かを選抜して「JATA商品企画調査団」を結成し、日本人があまり行っていないエリアなどに派遣していました。

 

この時はカナダのアルバータ州観光公社の協力で、エドモントンカルガリー、アサバスカ氷河、レイク・ルイーズ、バンフ、ドラムヘラーなどを訪れる、盛りだくさんの旅程でした。パッケージツアーなら詰め込みすぎで苦情が出るレベルです(笑)

 

この商品企画調査団に同行して取材したわけですが、はっきり言ってこれが一番楽しかった出張でした。

 

まず、JATAが人集めに苦労し、参加した旅行会社のスタッフはたったの5人。それからアテンド役のアルバータ州観光公社のマーケティング担当の方が1人、同行取材のメディアも私1人でしたので、成田から出発したのはわずか6人。

 

バンクーバーを経由してエドモントンに入ると、アルバータ州観光公社の現地スタッフが1人とドライバー加わり、総勢8人という少数だったのも良かったのかもしれません。このドライバー(日本人)が面白い方で、車内で飽きることはありませんでした。

 

かなり詰め込まれた日程の中で、最も印象に残ったのは3つ。

 

まず1つ目は、生まれて初めてヘリコプターに乗せてもらい、カナディアンロッキーを上空から見られただけでなく、途中で河原に着陸してミニハイキングができたこと。

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このヘリに乗った参加者の中で英語OKなのは私だけでしたので、前の席、つまりパイロットの隣に座らせてもらいました。

 

2つ目はアサバスカ氷河の上に立つことができた氷河ウォークです。出発地点はさほど寒くなかったのに、氷河上の気温は氷点下で風も強く、体感温度はマイナス10度以下と言われました。取材用のカメラでしか撮影していなかったので、手元に写真が残っていないのがなんとも残念です。

 

ニュージーランドにも氷河はあり、先端部分が見える所までしか行けませんでしたので、カナダで氷河の上に立つことができたのは本当に印象的でした。

 

最後はペイトレイク。ここは有名な観光地で、私たちはモレーン湖、レイク・ルイーズとキレイな湖をハシゴしました。モレーン湖もレイク・ルイーズも写真は撮ったのですが、いずれも取材用のカメラのみ。ペイトレイクではプライベート用のカメラを出して撮ってるので、かなり印象的だったのでしょう。

 

そりゃぁね、こんな色ですもん。

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この青は 、雪解け水に含まれる鉱物が反射して見えるものなのだとか。

 

私の故郷、福島県裏磐梯にある五色沼もキレイですが、ここまで大きな湖全体が真っ青というのは迫力が違いました。

 

帰国してからも参加者が集まって飲んだこともありましたし、そういう意味でも楽しい取材でした。

 

年に1〜2度はこういう機会がありましたし、フリーになってからも年に1〜2度はこういう仕事をいただけるよう鋭意営業中。

 

旅行系メディアの方がこれを読んでいたら、ぜひお声がけください(笑)

 

それでは今日はこの辺で。

812supaerfast発表で考えたスーパーカーの楽しみ方www

昨日、フェラーリ812superfastがジャパンプレミアとなりました。

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画像:フェラーリ・ジャパン公式ウェブサイト(http://812superfast.ferrari.com/ja/start

 

最高出力は800CVで、レブリミットは8900rpm。

 

絵に描いたようなスーパーカーです。

 

気になったのは、いったいスーパーカーの定義ってあるのかな、ということ。

 

広辞苑にも載ってるらしいですが、私の解釈では出力・トルクともに圧倒的なエンジンを搭載し、最高品質の内装を備えた少数生産(手作りなら尚可)の超高額スポーツカーといったところです。

 

当たらずとも遠からずじゃないでしょうか。

 

リアルタイムでこのブームを経験していないので、その熱気は推測することしかできませんが、ネットで何でもわかっちゃう今よりも、スーパーカーが展示されるモーターショーでの熱気はすさまじかったんだろうなぁ。

 

さて、1970年代のスーパーカーブームにおける代名詞的存在といえば、ランボルギーニカウンタックフェラーリ512BBでしょうか。あとはロータス・ヨーロッパとかポルシェ911ターボとかかな。

 

1978年頃にはブームは終焉したようですが、スーパーカーがなくなったわけではありません。

 

フェラーリは1980年代以降もテスタロッサやF40、512TRといった名車を生み出し、これらは今でも「ネオクラシック」などと呼ばれて非常に人気がある車種です。

 

バブル崩壊後、つまり1990年代には影をひそめた(みんなそれどころじゃなかった)スーパーカーですが、2000年代に入ると国産メーカーも徐々にスーパーカーを作るようになりました。

 

2000年代の代表格は、レクサスLFAと日産GT-Rを挙げておきたいと思います。

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画像:レクサス公式ウェブサイト(http://lexus.jp/models/lfa/

 

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画像:日産公式ウェブサイト(http://www2.nissan.co.jp/GT-R/exterior.html

 

GT-Rは年次改良を重ねて年々ブラッシュアップされています。

 

LFAは残念ながら現在はありませんが、「F」の精神はRC FやGS Fに受け継がれている(と思います)ので、よしとしましょう。

 

ちなみにスーパーカーの中でも特に小学生がふざけて決めたようなスペックのクルマをハイパーカーなんて呼ぶことがあるようですが、スーパーカーに輪をかけて定義が曖昧なので、全然浸透していません(笑)

 

ま、ハイパーカーの名にふさわしいクルマといえば、これしか知りませんが。

 

ブガッティ・シロン!

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画像:ブガッティ公式ウェブサイト(http://www.bugatti.com/chiron/

 

W型16気筒8リッターエンジンは、ターボチャージャーを4つ(!)搭載しています。

 

当然スペック の数値もすごいことに。シロンは最高出力1500HP、最大トルク1600Nmというバケモンです。それにしてもこれだけトルクが強大だと、タイヤはその何%を路面に伝えられるのでしょうね。。。

 

はっ!

 

ひょっとして、こうやって出力やトルクの数字を見て「すげ〜」とか「ありえね〜」とか、価格を見て「俺ん家より高い〜」なんて言いながら楽しむのが、我々庶民の正統なスーパーカーの楽しみ方なんじゃなかろうか(笑)

 

1970年代のスーパーカーブームの子供たちもこんな感覚だったのでは?

 

じゃあ、私のびーもまだまだ子供ということでOKです!

 

それでは今日はこの辺で。

「赤プリ旧館」の方がしっくりきます(笑)

今日は仕事でこんな所に行ってきました。

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赤坂プリンス クラシックハウスです。

 

旧李王家邸宅として昭和初期の1930年に建設されたこの建物。戦後、李氏が臣籍降下して国土計画興業(後のコクド、プリンスホテル)が取得し、改装が施されて赤坂プリンスホテルとして開業したという歴史があります。

 

ちなみにクラシックハウスの施工を担当したのは清水組。その名からもわかるように、現在の清水建設です。さすがは江戸時代に創業したスーパーゼネコンの1社ですな。

 

新館が建設されると、この建物は「赤坂プリンスホテル旧館」となりました。記者発表会などでバンケットルームが使用されることもあり、旅行業界誌の記者時代に何度か訪れたことがあります。

 

その頃は「赤プリ旧館」と略して呼んでいましたから、「クラシックハウス」と言われるとピンときません(笑)

 

赤坂プリンスホテル(2007年に「グランドプリンスホテル赤坂」に改称)は2011年3月に閉鎖されその歴史に幕を下ろし、新館は解体されましたが、旧館は2011年に東京都指定有形文化財として指定されました。

 

現在この一帯は再開発され、「東京ガーデンテラス紀尾井町」として2016年7月に生まれ変わりました。メインの「紀尾井タワー」には、ホテル「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」のほか、オフィスや飲食店が入居しています。再開発により「紀尾井レジデンス」が建ち、そして旧館が「クラシックハウス」としてオープン。敷地全体は公園のような雰囲気になっています。

 

さて、東京ガーデンテラス紀尾井町では、6月4日まで「ローズウィーク」というイベントを開催中。「イベント開催中、バラを体感できる様々な企画を用意しています」とイベント特設サイトにありましたが、バラを体感できる企画とは一体???

 

イベントそのものは商業的なニオイがぷんぷんしますので私は興味ありませんが、クラシックハウス周囲のバラはなかなかキレイでした。

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赤坂見附や永田町、麹町あたりに用事のある方で時間に余裕があれば、ぜひ、バラが咲いている期間に赤坂プリンス クラシックハウスまで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?

 

うーん、クラシックハウスって書いてきましたが、やっぱり赤プリ旧館」の方がしっくりくるなぁ(笑)

 

それでは今日はこの辺で。

パイクカーの思い出

こんな懐かしいクルマたちをとりあげた記事がありました。

 

gunosy.com

 

たしかに、往年の名車を現代のデザイン言語を用いて仕上げたモデルが人気を集めています。近年の代表例で言えばアバルト124スパイダーあたりでしょうね。現行ミニやフィアット500もこの流れでデザインし直したクルマたちです。

 

で、「日産のパイクカー」といえば、1989年の「Be-1」から始まり、パオ、エスカルゴ、フィガロラシーンと続く5モデルのことを指します。

 

日産もパイクカーに対しては思い入れがあるのでしょう。ウェブサイトで「人の心を揺り動かすデザイン〜」として、解説しています。(パイクカーはページの中段以降)

n-link.nissan.co.jp

 

ところが、Be-1が発売された頃、私の印象に残っているパイクカーは、日産のクルマではありません。

 

この時期に、マツダからも往年の名車の名前を復活させ、レトロさを感じさせつつ当時のトレンドに合わせて仕上げられたクルマがありました。

 

それがマツダ・キャロルです。

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画像:オートックワン(http://autoc-one.jp/catalog/mazda/carol/grade/#mc265

 

当時「キャロル」というと、「走るゼッペキ頭か!?」なんて連想する人もいたようですが(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』でも両さんがそんなことを言ってましたwww)、ファンシーな外観が女性に受けて大ヒットしたモデルです。

 

私がこのクルマの印象が強いのは、実は母が乗っていたから。上の写真はキャンバストップ仕様ですが、母のクルマは通常のルーフでした。色はたしかコットンホワイトだったと思います。

 

このクルマを購入するまでの母は、絵に描いたようなペーパードライバーでした。しかし姉が高校に進学し、雨天時に駅までの送り迎えをしてあげたいということで一念発起。軽自動車にもATが当然のように設定され始まった時期だったというのも、母の背中を押したようです。

 

当時中学生だった私から見ても「運転なんてできるのかい?」と不安になるほどのペーパードライバーっぷりでしたが、よく慣れたもんだと思います。

 

私の妻が、当時の母以上にひどいペーパードライバー(「ブレーキペダルって右だっけ?」と聞いちゃうレベル)で、慣れるまでにはとんでもない時間と労力、そして本人のやる気&その気が必要だと思います。

 

おそらく当時の母には、雨天時でも自転車で駅を往復する姉の姿が気の毒に映ったのでしょう。だからこそ本気で運転する気になったというか。

 

このクルマを購入して2年後には私も高校に進学し、姉以上にこのクルマ(というか母親)に送り迎えをしてもらいました。大学生になって免許を取り、帰省してキャロルを運転したこともありますから、私が運転した教習車以外の初めてのクルマということにもなります。

 

ですから、最も印象に残っていて、最もお世話になったパイクカーと言えば、やっぱりマツダ・キャロルなんですよね。

 

いやー、書いてたらいろんなことを思い出してきちゃった(笑)

 

それでは今日はこの辺で。